山でころんだときのこと

 別に好きなわけでもないが、夫との付き合いで定期的に山へ出かける。とはいえ、日頃の生活が生活なので、初心者そのものの動きしかできず、登山を始めてから4年ほど立つにもかかわらず、いつも60代のグループに追い抜かれていく。

 夫は本来、マイペースにことを進めたいタイプのはずなのに、登山のときだけは私にペースを合わせてくれる。高校のとき登山部だったらしいので、おそらくそのときに「遅い者に合わせろ」と叩き込まれたのだろう。疲れたといえばリュックをもってくれるし、グズグズすれば黙って待ってくれるし、まるでシェルパのようだと思う。

 夫とは色々な山を登っているけれど、車で30分ほどのところにある標高800メートルほどの山に登ることが一番多い。低山ではあるが、市街地からとても近いため人気があり、休日になると昼頃には駐車場がいっぱいになってしまう。観光地化されていないため、それほど整備がなされておらず、崖はちゃんと崖しているし、なかなか手応えがある。聞いた話では遭難者も時々でるらしい。

 去年、私はそこでちょっとした事故を起こした。その日は非常に疲れていて、その上頭が痛かった。下山には普段の倍ほどの時間がかかっていた。要所要所で休んだためだ。さすがの夫も不機嫌だった。

 3合目くらいまで降りたとき、私はもう休むのにもうんざりして、走るように山を下っていた。夫が後ろから「ゆっくり行こう」と声をかけてくれたが、それを無視した。そんな状態だったので、普段なら何事もなく通り過ぎてしまうようなロープに足を取られてしまった。

 夫によると、その時私は前方に一回転したという。一回転しながら手でロープを握り、背中のザックをクッションにして、グシャッと岩に体が叩きつけられたそうだ。「スロー再生のようだった」と夫は言う。

 地面で呻いている私に夫はすぐに駆け寄ってきてくれたが、あまりにも痛かったので「動かさないで!」と叫んだことを覚えている。

 その後ゆっくりと下山して、そのまますぐ病院に向かった。途中、どうも骨折はなかったことが分かると、夫は「うどん屋に行きたい」と言い出した。私は痛くてたまらず内心「エッ?」と思ったが、同意してうどんを食べることになった。

 食事の後病院に行ったところ、単なる打ち身と突き指だと診断された。とはいえ、腕いっぱいにアザができていて、我ながら痛々しかったと思う。

 帰宅後、少し恨めしかったので「あのタイミングでうどん屋を提案するとは、あまり心配してくれなかったということだ」とからかったところ、夫は「そんなことを言う人にはいつかバチがあたるよ」と怒った。そんなことは言わないようにしておこう。