タチバナさん(仮名)

 高校で一番仲良しだったタチバナさんは、文系選抜クラスの群れのなかでも飛び抜けて偏差値が高かった。頭の回転も早くて、その上容姿も良かった。ただ一つ残念なのは、頭が軽薄なことで、雑誌を読んでは「タナカ(タチバナさんは私をこう呼んだ)、わたし髪切らなきゃよかった」「タナカ、あの人私のことどう思ってるのかな」みたいなことばかり言う。一方で自意識も正常にこじらせていて、太宰治を愛読し、椎名林檎ばかり聴いて、「ちょっと違う私」みたいなのをけっこう素朴に醸し出してくるところがあった。

 高校1年頃にはすでに引きこもりの片鱗を見せていた私は、根がひねくれているので、最初彼女のことを「他者枠」に入れて接していたのだけど、長く付き合ううちに、彼女の、照れずに思ったことを言い、バカげたことでもやりたいことはやってみる姿勢に好意を抱くようになった。今にして思えば、なぜ彼女は典型的陰キャだった私に接近しようと思ったのかよく分からないのだが、多分彼女のことだから特に理由らしい理由はないのだろう。

 タチバナさんのいいところは、常にいろんなトラブルが彼女の周りで起こってるというところだ。彼女はよく様々な愚痴を私に話したが、話が面白いので聞いていて飽きなかった。彼女と出会わなければ、セフレを持つ同級生のことだとか、避妊に失敗してエラいことになった同級生だとかのことは知らずに、図書委員の友達と指輪物語の話をしながら高校を卒業したはずだ。

 華やかな彼女自身、様々な問題を抱えていた。それらは「顔のいい男子に惚れて、いいように扱われて困っている」だとか「某有名大学と某有名大学のどちらに行こうか迷ってる」だとかで、ひとつひとつが本人にとっては深刻だったのだが、私には全く無関係な(起こりえない)事柄だったので、正直半ば物語の主人公を応援するみたいな姿勢で彼女と向かい合っていた。

 私と彼女は別の都道府県に進学し、会うこともほとんどなくなったが、大学生になっても定期的に何時間も電話で話した。まだ通話料も高い時代だったが、彼女の話す某有名大学の、音楽サークルの、ありとあらゆる不祥事は、私にとってやっぱり面白い娯楽だった。その時の話はわたしの脳にしっかり残っていて、今でも早稲田大学の音楽サークルアカウントみたいなのを見るたびに「酔った勢いで元彼にフェラチオして揉める女…」みたいなストーリーが反射的に出てくる。

 ここ数年ずっとご無沙汰しているが、次話すことがあれば少しは私も面白い話題が提供できたらいいなと思う。でもどうせ彼女の話に聞き入ってしまうんだろうな。