ミラノというところ

 ミラノ駅を降りたのは、イタリア旅行も終盤に差しかかかったころだ。もはや見分けも付かないくらいたくさんの古い建物と美術品ばかり見ていた目には、明るいガラス張りの天井から差す光が、仕立ての良さそうなスーツの女性や、キョロキョロしている旅行者たちを白く照らすのがとても新鮮に写った。(ずいぶん現代的な駅だな!とその時は思ったが、今調べたら 1935 年築だった。 )

 イタリアには2週間ほどいたが、見どころがありすぎて常に急ぎ足だった。ミラノも例外ではなく、我々夫婦は有名なその駅をすぐに飛び出して、バタバタとドォーモやガッレリア、スカラ座を見て回った。

 とはいえ、ふたりして計画性がないので、最大の目的である「最後の晩餐」を見終わったあとは、微妙に時間が余ってしまった。仕方ないので道端で協議した結果、我々は最後にスフォルツァ城に行くことにした。「地球の歩き方 イタリア編」によると博物館があるらしい。時間はギリギリだった。我々はまた街なかを小走りすることになった。

 城に向かう途中、道端で背の高い黒人に夫が腕を掴まれた。「ミサンガをあげる」というありきたりな詐欺である。旅行中、スリに取り囲まれたり、お釣りをごまかされたり、しつこく寄付をせがまれたりしてきたので、詐欺それ自体に驚きはなかったが、体を掴んでくる人はいなかったので我々はギョッとして、すぐに無言のまま走って逃げた。その後、詐欺師が見えなくなってから、二人して「ミラノやばい」「都市部怖い」と感想を述べあった。

 スフォルツァ城に付いた頃、庭園にはこれから帰ろうとする人ばかりだった。その流れに逆らっているのは私と夫だけのようだったが、構わず博物館へむかった。

 閉館が近かったので我々はとても焦っていた。博物館の入り口に付く頃にはふたりとも息が上がっていた。職員さんは、顔を真赤にした東洋人がおもしろかったのかニコリと笑うと、なぜだか無料で館内に入れてくれた。

 これがとってもうれしかったので、我々はミラノについて思い出すとき「怖い人もいたが優しげな人もいたね」といつも言い合う。